ITS 11 ブログ

右から左から抜かれるのは怖いのだ。

島下泰久

なぜ通行区分は守られないのか。一体何がズレているのか。
まず朝のラッシュ時などは、戻ろうにも走行車線はいっぱいで追越車線を走り続けるしかないという状況に、よく遭遇する。追越車線が詰まり気味になって走行車線の方の流れが良くなると、戻るに戻れなくなる。
追越車線ですら制限速度を大きく下回るような速度でしか流れない場合に、先を急ぐドライバーが追越車線に数珠つなぎになっているなんてことも、ままある。こうなると、業を煮やした輩が左側の走行車線から追い越しにかかり、左側からまくって何台か前に無理矢理入って、後続車がブレーキを踏むハメとなって更に渋滞が加速して、ということも誰もが体験していることだろう。
まさに、ちょっとのボタンの掛け違いが徐々に大きなズレになっていくという構図。まだ流れが遅いとか言っていられるうちはいい。しかし、そうやって右から左から抜くような流れの中に居るのは、正直とても怖い。後方から迫る、避けなければ追突されるんじゃないかというくらい速度差の大きなクルマを避けて左側車線に移ろうとしたら、そこをもっと速い速度でぶっ飛ばしてくるクルマがあったらなんて事例を想像してもらえると、その怖さの意味も多少は伝わるだろうか?
ここにはルールは無いのか。まあ、実際無いんだろう。しかし追い越す、追い越されるには、皆の安全のために明確なルールが必要なのでは? あるいはマナーやモラルがそれに代われればいいのかもしれないけれど、合流しようとすれば車間を詰めてきたり、そうやって追い越し車線に居座っておいて、後ろから迫ると意地になってその車線をキープするなんてことが当たり前の今の殺伐とした日本では、そこに期待するのも難しい。
でも、それでいいわけはやっぱり無くて。もし「何とかならないのかな」と思ったならば、我々ドライバー皆が声をあげなければ。

クルマの燃料 -水素-

長沼要

今回は水素。待ってました!というくらい、人気者。
でも何がいいの?どこが凄いの? ・・・思いつくままに列挙してみる。

・二酸化炭素を出さない!
・一次エネルギーは何からでもできる!
・燃料電池と組み合わせると、水しかでない!
・エンジンに使ってもCO, HCといったエミッションがない!(NOxは処理が必要)。

と、まあ確かに期待できる燃料だ。そして期待の中心はやはり、二酸化炭素とリターナブル性(再生エネルギーとしての高いポテンシャル)だと思う。

確かにエンジンに使っても、燃料電池で使っても、二酸化炭素を排出しない。しかし、これはTTW(Tank to Wheel)での事。じゃあ、水素のWTT(Well to Tank)はどうだろう。

ここがポイント!水素というエネルギーキャリアを作るのに、元となる一次エネルギーは実に幅広い。水素原子が入っているものからはだいたい作れる。水、石油、天然ガス、石炭、バイオマス、などだ。この中でも他と少し違うのは”水”だろう。水の電気分解で水素ができる。そう、水以外の一次エネルギーから水素を作ると、どうしてもその過程(WTT)で二酸化炭素が出てしまう。もっともバイオマスはカーボンニュートラルな性質を持つので、問題なしとしているが。

水の電気分解でも大事なのは、電気を自然エネルギーから作る事。火力発電で作った電気を使っていると、発電過程で二酸化炭素がでてしまう。

ここまでをまとめると、クルマの究極の姿として、”自然エネルギーで発電した電力による水の電気分解でできた水素を燃料とする燃料電池車”、(長っ!)となる。これで持続可能なモビリティ社会へとつながる。

このように、持続可能な社会のためにはどうしても水素の活躍を期待してしまう。太陽電池の技術も向上してきているし、砂漠に大規模太陽電池発電所を作って、カナダでは水力発電、アイスランドでは色々な自然エネルギー発電、などというように世界中で各地の特色ある自然エネルギーを使って、世界中に水素を供給する事ができるようになる日はいつ来るのだろうか?
(アイスランドに関しておもしろい内容を http://www.startyourengines.jp/video/2007/02/000340.php で清水さんが分かりやすく説明してくれている)

急に話が大きくなったが、エネルギー関係者はこの夢の実現に向けて政策や開発を進めていてくれているものだと、私は思っているし、自分もそれに向かっていきたい。

さて、仮に今すぐ自然エネルギーによる電気を使って、水を電気分解することができるようになってとしても、実は現時点では、貯蔵、輸送という問題も残る。水素の欠点はここにある。

もっとも水素に限らず電気にしても、真の意味(リアルワールド)での効率向上、統括的な最適化には、”エネルギーの貯蔵”という点にいくのだと思う。

タイムシフトの世の中なのにっ!

岩貞るみこ

私が子供だったころ、お米は夕飯の時間に合わせて炊かれていました。だから母は夕飯の一時間前には必ず家にいて準備を始めたものです。

私が子供だったころ、冷凍庫はあまり完成度が高くなくて、だから母はほぼ毎日、買い物に行っていたものです。

私が子供だったころ、母は毎朝早起きして、洗濯物を干していました。雨が続くと大変です。冬の雨が続くと石油ストーブの上に洗濯物を干して、早く乾くようにと工夫してくれました。

私が子供だったころ、よく姉とテレビのチャンネル争いでケンカをしました。ときどき父も混ざって争っていたような気がします。外出などでお気に入りの番組が見られなかったときは、とてもがっかりしたのを覚えています。

しかし!

今は炊飯器にはタイマーがつき、しかもジャー機能まであり、暖かくて美味しいご飯はいつでも食べられるようになりました。冷凍庫は進化し、しかもチルド室なんてものもあり、野菜は一週間前に買って入れておいてもしなびないものまであります。ついでに電子レンジの普及により、凍らせた食材をあわてて解凍することもなし。洗濯機は音が静かになって夜でも使え、もちろん乾燥機も普及しています。テレビは言うまでもなく録音機能が発達し、見ながら別番組まで録画できる『タイムシフト』が当たり前になりました。

そう、いまや生活のキーワードは『タイムシフト』『タイムマネージメント』。世の中はどんどん便利になり、ひとは日常生活を自分のペースで過ごせるようになっています。自分の時間を、自分の思い通りに使う。これこそ21世紀の生活。で、あるにもかかわらず、なんでしょうねいったい、やれ渋滞対策だのCO2削減だのに挙げられるアイディアは。

「どうすればクルマの数を減らせるか」「どうすればクルマに乗らない生活にできるか」。

いや、そうじゃないのでは? どうすればたくさんのクルマをスムーズに動かせられるか、じゃないんでしょうか。それを考えてもらわなくっちゃ、困るんですけれど。時代が『タイムシフト』で便利になっているなか、移動だけが時代に逆行し、便利なクルマを否定して不便な生活を強いるなんて、絶対、私、許しませんからねっ!

トウモロコシが高級食材に!?

佐藤久実

私はトウモロコシが大好きです。自宅では電子レンジでチンして食べるけれど、本当はお醤油つけて焼いた方がおいしいですよね。ところが。先日新聞を読んでいたらそのとうもろこしが、「今後数年間、需要がタイトな状態が続く可能性が高い」という見方をされているというではありませんか。
 ことの発端は昨年9月のオーストラリアの干ばつ。小麦の収穫が減るとの予測から相場が高騰。で、アメリカのトウモロコシ農家がより儲かりそうな小麦の作付けに動き、あおりでトウモロコシの作付け面積が減るのでは、との連想が。結果、トウモロコシの価格が今年の1月には相場の2倍まで跳ね上がったというのです。今度はトウモロコシの増産から大豆の作付け減少で、大豆の価格上昇、と連鎖反応はまだまだ続いているそうです。ここまでは天候によって世界の穀物需給のバランスが崩れ、相場が高騰したというお話。でも、トウモロコシの悲劇はこれだけで留まりません。
 何故なら、「エネルギー需要」という新たな胃袋が出現したためです。2004年以来の原油価格の高騰で、アメリカではガソリン代替燃料であるエタノールの増産を法律で義務づけました。そこでエタノールのもととして使われるのがトウモロコシなわけです。さらに、BRICSでは所得の向上とともに肉や油脂の消費が増え、家畜のえさとしてトウモロコシの需要が向上しているといいます。「エネルギー原料」と「食料用途」で穀物を奪い合う構図が鮮明になってきているというのです。トウモロコシは人気者なのです。
 で、思い出しました。数年前のとあるシンポジウムでのこと。ガソリン代替燃料としてバイオマスの話題になったとき、女性のパネラーが、「食料バランスが崩れ、饑餓に苦しむ人たちがさらに辛い状況になってしまうのではないか。」という話をしたのです。その時のバイオマスは、木くずなど「ゴミ」になるようなものが原料ということをメーカーの人が説明したため、納得して話は丸く収まりました。が、彼女の危惧は現実のものとなりつつあるのではないでしょうか。
昨年、やはり原油高により、サトウキビがエタノール用に使われたため、食用の砂糖が高くなり和菓子屋さんが困っているというニュースも耳にしました。
エコも大事だけれど、食用との需給バランスや饑餓対策など、多角的な「環境」とのバランスを考慮するのも大事なことですね。

(参考:2007年2月10日朝日新聞)

通行区分を見直すとしたら

島下泰久

高速道路のあり方に関して検討すべき課題は、当然ながら速度の件だけではないはずだ。というか、制限速度について検討し直すならば、それとセットで考えなければいけない問題は山ほどある。1963年に決定された制限速度に則ったルールが、そこにそのまま当てはめられるはずは無い。

たとえば通行区分の話も、議題に上っていいのではないだろうか。通行区分とは、要するに一番左側が走行車線で、右側が追越車線で…というアレのことだ。ご存知の方の方が多いはずだが念のため改めて書いておくと、高速道路というか道路を走行する際には原則的に走行車線、正式には第一通行帯を走らなければいけない。第二通行帯を走行できるのは追い越しなど限られた時だけ。追い越しが済んだら速やかに走行車線に戻らなければいけないことになっている。

改めて書くと「んなアホな」と思う人も多いことだろう。そうなのだ。それは結構難しい。

しかし、それは間違ってはいない。実際そうあるべきだと思っている。いや、もちろんそのシステムを手放しで賞賛できるものだと言っているわけではない。けれども高速道路を円滑に流すにはルールが必要なのは確かだろう。そして、その基本は遅いクルマほど左側(日本の場合は)を走り、右側車線に行くに従って流れが速くなるようにするべきであるはず。右側車線に移ったクルマは遅いクルマを追い抜いたあと、左側車線にクルマが居なければ左側に戻る。必要なのは、その程度のことだ。そうすれば右側車線をより速い速度で走ってきたクルマの邪魔をすることもないし、それを避けようと左側から追い越すなんて光景も見ないで済むようになるはず。つまり、それだけで高速道路の流れはもっと円滑になるに違いないのだ。

ところが現状は、遅いクルマが右側車線に居座り、それを後続車が左側から抜いていくのが日本の高速道路では当たり前となってしまっている。これは、どこから変えていくべきなのか。次からじわじわと考えてみたい。

がんばれ、警察庁!

岩貞るみこ

年末になると警察庁から交通事故データが発表になります。昨年のデータを改めて見てみましょう。

事故発生件数: 88万6703件
負傷者数    :109万7591人
死亡者数    :     6352人

すばらしい。死亡者数はこの10年、着実に減り続けて6352人とは、政府が掲げる「第八次交通安全基本計画」で「2012年までに死亡者数を5000人以下にする!」という目標値に、着実に近づいてきているわけですね。

ただ、気になるのは警察庁の、このデータのリリースの仕方。私たちはたいてい、テレビや新聞でこの発表を知るわけですが、そのとき必ず「警察庁では死者数の減少した理由として、飲酒運転の取締りの強化などの成果がうんぬん……」という、警察庁の取り締まり等々のがんばり(だけ)が効果につながった、というコメントを耳にします。それを聞くたびに、いやっ? いやいや! それだけじゃなくってさ、クルマの安全性が上がったとか、道の整備が進んだとか、救急医療体制が整ったからとか、そういう正しい理由もちゃんと伝えようよ? と、思うわけです。

特に伝えて欲しいのは、やはりITSやASV技術の進化が、交通事故削減に一役買っているということ。この技術は価値があるにもかかわらず、実際に効果評価をしようとしても「事故にならないですんだからデータがない」という、実にユーザーアピールのしにくいシステムなわけです。と、どうなるかというと、

効果が出た、というデータがない>じゃ、やっぱり本当は効果がないんじゃないの?>そんなものに高いお金払ってもねえ。

一般的なユーザー心理はそうなってしまうものでしょう。ああ、違うのよ、違うのにな。効果があるんだから、みんな装着しましょうよ~! 私、悶絶しそうです。効果的な装置だということをどうやって一般ユーザーに認知してもらうか。いま、どこもアタマを悩ませているところですが、だとしたらなおさら「交通事故の死傷者数発表」という一年に唯一のこの機会に、しっかりアピールするべきなんじゃないでしょうか?

警察庁だってUTMS(Universal Traffic Management Systems)ということで積極的にITSを活用して事故の低減、さらには緊急車両の優先誘導をしようとしているわけですし、ユーザーの認知&利用が増えなければこうしてものを開発したって宝の持ち腐れになるわけですし。

警察庁のみなさま、ご一考くださいませ!

パブリック・ドメイン Vol.2

佐藤久実

ブレーキのロックを防ぐ「ABS」やホイールスピンを抑える「トラクションコントロール」がドライバーのアクセル、ブレーキ操作に対して制御するのに対して、「横滑り防止装置」の偉いところは、たとえドライバーがアクセルを踏んでいても自動的にブレーキをかけてクルマを安定させてくれる、ドライバーが回避操作をしなくても助けてくれるという点です。さらに最近は、この「自動ブレーキ」をコア技術とする新たな装備が普及しつつあります。そのひとつが、ACC(アダプティブ・クルーズ・コントロール)。
従来のクルーズ・コントロールは、速度設定するとずっとそのスピードを維持して走るため、クルマの流れる速度が変わるといちいちドライバーがコントロールしたり、ブレーキを踏み解除されるというもの。つまり、日本の高速道路ではほとんど使いものにならない装備でした。一方、ACCは、レーダーで前車との距離を測りながら走行し、たとえばクルマの流れが遅くなって前車との距離が近づくと自動的にブレーキをかけてスピードを落とし、車間距離を維持。再び流れが速くなると、本来の設定スピードまで加速するという実用性の高い優れものです。
で。やっぱりこれも名称がまちまち。興味があって着目しているためクルマに乗るたび確認するのだけど、最近乗ったクルマではホンダがIHCC(インテリジェント・ハイウェイ・クルーズ・コントロール)、マツダがマツダレーダークルーズコントロールという具合。ホンダのエンジニアに、何故ACCにしないの?と聞いたら「ACCを使えないから。」と。ちょっと懐疑的。で、マツダの人に聞いたら、やっぱりエンジニアとしては、他と違うことをしているという独自性にこだわりたいようです。気持ちはわかる。一生懸命開発しているのもわかります。でもね、やっぱりユーザー視点からは「技術者の自己満足」に思えてしまうんですよね。いや、必ずしもACCという呼称が良いわけじゃありません。レーザークルーズコントロールを否定するつもりもありません。でも、クルマに対する興味の低さ、安全に対する認識の低さが蔓延している今の日本のモータリゼーションにおいては、「他との違い」をアピールする以前に、「わかりやすさ」や「普及しやすさ」を優先させるべきではないでしょうか。みんな「うまみ調味料」より「味の素」の方がわかりやすいんだから。ポピュラーな名称をパブリック・ドメインとして受け入れられる柔軟性が欲しいです。名称の変更が無理でも、たとえば
「○○○(    )」
○○○はメーカーの呼称
(   )の中は統一呼称 
くらいの親切な表記をするというのはいかがでしょう。

アイポッドで音楽聞いちゃいけないの?

岩貞るみこ

ニューヨークでアイポッドが使用禁止になる?

そんな法案が提出されたというニューズが飛び込んできたのは、えーっと、ひと月くらい前でしたっけ? おお、さすがニューヨークとうなったものであります。

ことの発端は、ニューヨークの街中をジョギングしている人が、アイポッドで音楽を聞いていたため、接近するクルマに気づかず事故にあったというもの。イヤホンしていると、周囲の音は意外に聞こえないんですよね。ゆえに私はイヤホンが苦手です。

それにしてもニューヨークはすごいですね。日本なら絶対に「クルマが気をつけろ」で終わるところを、歩行者、しかもアイポッドが悪いと言っちゃうわけですから。この禁止せよという法案は、最終的には「スイッチがはいっていたかどうか、ボリュームが適切だったかどうかを、どう判断するのだ」という意見が出て却下されたようですが、歩行者の行動にも責任アリとするあたり、日本も見習ってもらいたいところです。

だって日本ってば「お犬さま」ならぬ「お歩行者さま」(あるのか、そんな言葉?)。どんな状況にあっても鉄のカタマリであるクルマは悪者とされ、対歩行者事故のなかには冗談じゃないよってケースもたくさんあります。歩行者よりもっとタチが悪いのは自転車ですかね。二人乗り、無灯火に始まって、いま、もっとも許せないのは携帯電話でのメールしながらチャリ。接近するメルチャリを見つけて、やばいと思って停止していても、彼らはぼーっと突っ込んでくるんですから。これで突っ込まれてコケて怪我しても、きっとクルマが悪いって言われちゃうんでしょうね。状況によっては。

このところ薄型のワンセグ対応携帯電話も増殖していて、ドライバーの不安は募るばかり。運転中のメール禁止はクルマだけでなく、自転車にも適用するべきだと切に思います。そして歩行者&自転車を弱いものとして守りすぎている道交法も、そろそろ見直すべき時期がきていると思っています。

車線別速度規制

岡崎五朗

 最高速度の引き上げを議論するとき、必ず出るのが「事故が増えるから反対」という意見だ。たしかに、クルマの運動エネルギーは速度の自乗に比例するわけで、100km/hが140km/hになれば運動エネルギーはおよそ2倍に達する。「運転」という行為を運動エネルギーの制御と考えるなら、難易度は間違いなく高まる。
 それはクルマにとっても同じこと。100km/hと140km/hでは緊急危険回避を想定した急なステアリング操作での挙動はまるで別モノである。
 しかし、これまで書いてきたように、高速移動への憧れをそう簡単に諦めるわけにはいかない。というか、ドライバーのモラル向上とクルマの進化が足並みを揃えさえすれば、現状の高速道路でも140km/h制限は無理な相談ではないと思うし、第2東名のような素晴らしい高速道路が完成すれば、140km/hなど"たかが140km/h"と言えるようになると僕は思っている。ただし、これまでの最高速度設定や、今後高齢ドライバーが増えていくことを考えると「私は怖くてそんなスピードは出せない」という人の身になって考えることも重要だろう。
 そこで注目したいのが車線別速度規制だ。有名無実化した「走行車線」「追い越し車線」を廃止し、代わって「低速車線」「中速車線」「高速車線」を設ける。その上で、それぞれの最高速度を高速車線140km/h、中速車線120km/h、低速車線100km/hというように区分するのだ。あるいは、全車線の最高速度を140km/hに設定した上で、最低速度を130km/h、100km/h、70km/h程度にするのも合理的な方法だろう。
 こうすれば追い越し車線を合法的に活用できることになるし、100km/hのクルマを101km/hでノロノロ抜いていくようなドライバーが追い越し車線(高速車線)に侵入し、延々と走り続けるのも防ぐことができるはずだ。

パブリック・ドメイン Vol.1

佐藤久実

 自動車の装備には、四文字熟語ならぬ3文字アルファベットがすごく多いです。特に最近は技術の進歩に伴い、安全装備や快適装備の種類も増える一方。それは仕方ないというか、歓迎すべきことだけれど、話をややこしくしているのが、同じ機能でもメーカーによって呼び方が異なるという点。タイヤのロックを防ぐ「ABS」は装着当初こそ異なったけれど、その後統一できた唯一の装備でしょう。たとえば、「横滑り防止装置」とか「スタビリティコントロールシステム」と呼ばれる装備は、パッと思いつくだけでもESP、VSC、VSA、DSC、PSMなどなどの名称が挙げられます。このシステムを開発し自動車メーカーに提供するサプライヤーが一丸となり、「ESC」で名称統一を図りましたが、今のところ実現せず。その主な理由は、「いまさら変えられない」のと、「名称にメーカーのフィロソフィが入っているから」だそうです。

3文字目のPはプログラム、Cはコントロール、Aはアシスト、Mはマネージメントといった具合。確かに制御の仕方もメーカーによってさまざま。ホンダのVSAは、アシスト機能という位置づけ。つまり車両コントロールの主役はドライバーという考えかたです。一方、おなじ「コントロール」でも、トヨタのVSCは、ドライバーのドライビングスキルを信用せず、かなり早い段階から強烈に車両姿勢を安定方向に押さえ込むのに対して、BMWのDSCは、ドライバーの意思を尊重し、スポーツドライビングも可能なもの。さらにサーキット走行でさえ存在が邪魔にならず、かなり深いところで制御するのがポルシェのPSMです。
実際に走ってみると、各メーカーの制御の考え方や介入の仕方の違いは理解できます。クルマのキャラクターに合った制御という言い方もできます。なので、「メーカーのフィロソフィ」があるのはわかる。が。日本の現状に目を向けると、装着率はわずか6%強に過ぎません。他メーカーとの違いをアピールする以前に、このような装備があること、そしてこれがいかに事故低減に有効であるかをユーザーに知らしめる方が先決ではないでしょうか。
つづく。

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