ITS 11 ブログ

ひき逃げを推奨する道路交通法 その2

岩貞るみこ

前回の原稿を書きながら、危険運転致死傷罪が施行された01年12月25日以降、ひき逃げ発生件数は増えているんだろうなと考えていました。調べなくっちゃと思っていたら、ひき逃げ事件に詳しい知人のS氏が、ブログを読んだというメールとともに、その数字も教えてくれました。

その数、5年間で2倍以上の約2万件

2倍ですよ、2倍。10年間では約3倍だそうです。この10年、交通事故の死亡者数が減りましたね、いやー、よかったよかったと、喜んでいる場合じゃないですよ、関係者のみなさん!

さらにですね、この発生件数急増に当然、警察の捜査は対応できず、検挙率は低下の一途。現在の検挙率はわずか25%。25パーセントお? つまりですね、年間1万5000件もの被害者が泣き寝入りしているってことですよ。それだけの数の加害者は逃げ延びて、免許停止にすらならないんですよ。えっ、これ、いったいどういうことですか?

さらに腹立たしいのは、ひき逃げによる刑罰は「5年以下の懲役、もしくは50万円以下の罰金」なんだそうです。要するに死亡ひき逃げ事件でも、時効までたった5年。2倍にも増えたひき逃げ事故を、少ない警察官の数で、いったいどうやって5年間のあいだに処理し続けろというんでしょうね。

S氏曰く「もし殺人罪が適用されれば、刑罰は25年。時効までも25年になります。こうした意味でもひき逃げに対する厳罰化は必要なわけです」。そうだそうだ。そのとおり。

もちろん、2万件のひき逃げのすべてが、死亡事故というわけじゃありません。軽度のちょこんとぶつかっただけ、というケースもあるでしょう。でも逆に、奈良県の有紀ちゃん(6歳)のケースのように、「横断歩道をわたっているときに轢かれ、加害者は有紀ちゃんの自転車をひっかけたまま逃走し、700m先でわざわざ降りて自転車を投げ捨て、そして逃げていった」なんていうものもあるんです。もう読んでいるだけでハラワタ煮えくり返りますよ。これって「業務上過失致死」なんですかね。どう考えたって「未必の故意」「殺人罪」なんじゃないでしょうかね。それでもやはりひき逃げなんですか? 有紀ちゃんの事件はもうすぐその5年の時効のときを向かえます。犯人はその後、のうのうと生きていくんでしょうかね? えっ? 

書いていて腹たってきたし。こんな理不尽を野放しにするいまの道路交通法っていったいなんなんでしょう。

交通事故遺族の会では、ひき逃げ運転厳罰化のための署名活動も行っています。主旨に賛同していただける方、ぜひ、ご協力をお願いします。
http://www.kik-izoku.com/syomei%20undou.htm

From EURUPE ~犬との共生

佐藤久実

パリ滞在中、市内での食事に誘われ、夕方ホテルからレストランまでタクシーで行きました。お店の前でタクシーを降りると、ちょうどお店から出てきた犬連れのお客さんが、私たちの降りたタクシーを捕まえました。犬が大好きな私は、テリア系のかわいい犬を目で追っていたら、何とタクシーのリヤシートの上に飛び乗るではありませんか。運転手もとがめる様子はなし。飼い主も足元に下ろす気配なし。犬を含め、誰もが当たり前の顔をしています。一昔前は、助手席に犬を乗せたタクシーも珍しくなかったそうです。シートの上に土足で上がるのが良いかどうかは別として、それすら気にしないくらい市民権を得られているということですね。
 そういえば、以前海外出張の際に、ヨーロッパの飛行機のキャビンでおばあさんが小型犬を連れているのを見て、カルチャーショックを受けました。何せ日本では「貨物」扱いですから。それでも、乗せてもらえるだけ有り難いですけど。
 ロンドンでも、基本的に犬もバスに乗れるという記事を、ちょっと前に目にしました。
 一方日本では最近、新築マンションにペット可のところが増えてきました。愛犬家としてはうれしい限りです。ところが、公共交通に関しては、まだまだヨーロッパのようには認められていません。ペットブームで、ペットと共に泊まれるホテルやペンションが増えている昨今、「移動」に関してももっと手軽に気軽にできるようになれば良いのにと思います。
 もちろん、必ずしもみんなが犬を見てかわいいと思うわけではなく、犬が嫌いな人、犬が恐い人、あるいは犬の毛アレルギーの人などもいるので、ケアは必要です。その点、ヨーロッパの犬はしつけがすごくて、レストランで大型犬が足元にいても、あまりに静かで気づかなかったりするくらい。
でもね、親バカとしては、しつけのなっていない子供がレストランや乗り物の中で騒いでいるのを見ると、ウチの犬の方がよっぽど大人しくしてて他人様に迷惑かけないのに~、なーんて思ってしまいます。
それこそ、ITSにより、ケージに閉じこめた「貨物」としてではなく、リードを引いた状態での「ペット可」の移動手段が増えれば良いな~。

地デジとカーナビの共通項って?

西村直人

 愛用していた自宅のテレビが寿命を迎えたので、地上波デジタル放送対応型に買い替えました。じつに18年ぶり新しくしたテレビの容姿(なんと薄いこと!)にも驚きましたが、それ以上に感心したのがデータ放送です。
視聴者とテレビ局、双方向での情報交換が売りとのことですが、テレビ画面内に番組情報や天気予報、さらには時事ニュースなどが一堂に表示されるデータ放送画面には正直、ツイテイケマセン。マルチメディア化が進んだ現代を象徴するような機能なんでしょうが、情報の乱立に見ているこちらの頭が混乱してしまうこともしばしば。私のCPU、そろそろアップグレードしないと‥‥‥。
この状況、どこかで経験したような、と考えてみると‥‥‥。そう最新カーナビの画面でした! 迫り来る情報に溺れてしまいそうになった自分を思い出します。
 液晶テレビやプラズマテレビが解像度や表示スピードを競うように、車内のナビモニターも高解像度化が進んでいます。きれいな画面になること自体は歓迎すべきことですが、高い解像度ゆえに、従来では判読することができなかった細かい文字や図形まで、きちんと表示できるようになりました。この結果、詳細な周辺情報やリアルな立体地図など、従来と同じモニタースペースから2倍から3倍の情報発信が可能になったのです。
見やすい画面を目指した家庭用テレビは大型化が進みましたが、設置場所に制約のある車内では、ナビモニターの大型化に対して物理的な限界があります。最新ナビのモニターをまるで圧縮陳列のようだと感じたのは、情報量に対してモニターサイズが小さいということに理由がありました。
運転中、画面に対して眼を向けることが許されている時間には限りがあります。状況にもよりますが、ほとんどの場合が一瞬でしょう。こうした場面で経路案内以上の情報を瞬時に判読するのは至難の業です。文字タイプやイラスト形状に工夫を凝らしていますが、一瞬で理解するにはよほどの動体視力(と高い理解力)が必要になります。一部、音声案内も実用化されていますが、人口音声のヒヤリングには慣れが必要ですし、発話のタイミングもナビメーカーによって違いがあります。せめて音声操作の指示言語だけでも、メーカー間で統一してほしいものです。
 国交省のASVや警察庁のUTMSは、事故を減らすための情報発信源にナビモニターの利用を検討しています。05年度の国内カーナビゲーションシステムの総出荷台数は約336万台(前年比約113%)ですから、高い普及率を示すナビモニターの利用には私も賛成です。ただ、情報過多が発生しないよう活用方法に工夫を凝らすなどの対処法も必要だと考えます。様々な情報が一斉に表示されるということは、モニターを注視する原因にもなりかねません。
こうした状況を避けるため、警告音やステアリングを振動させるなど、モニター情報と組み合わせることも有効な手段でしょう。また、情報を抜粋しフロントウインドに転写するヘッドアップディスプレイ方式も検討の余地があるのではと考えます(つづく)。

規制速度見直しに我らの意見を

島下泰久

10月末、我々ドライバーにとって非常に注目すべきニュースが流れた。警察庁が、車両の規制速度の見直しを検討する委員会を設置したというのである。
一般道で60km/h、高速道路で100km/hという現在の法定最高速度は、何と1963年に決定されたもので、以後一切見直されてこなかった。規制速度の決定方法自体も、1989年から不変だという。道路環境等々の交通実態や事故の実情、そして何より車両の性能が変化している中、さすがに実情との乖離が大き過ぎるという声が高まっているのが、設置の理由とのこと。遅過ぎるだろうという気はもちろんするが、それでもこうした議論がようやくできるようになったというのは歓ぶべきことだ。
そして実は10月27日、すでにこの「規制速度決定の在り方に関する調査研究検討委員会」の第1回会合が行なわれた…らしい。らしいというのは、そこに僕が出席していたからではないからだが、ちょっと残念に思ったのは、僕じゃないとしても誰かモータージャーナリストが、そこに入っていてほしかったということである。構成メンバーは大学教授、警察庁交通局や国土交通省道路局、自動車局などのお役人に、科学警察研究所等々の人たちが中心で、我々と近いとすれば、JAF MATE代表取締役氏くらい。それがダメだと言うつもりは毛頭無いが、果たして今の日本の、そして世界のモビリティの現状を、正確に認識して正しい結論を導いてくれるのかと言えば、正直不安が無いとは言えない。
そこで提案。委員会構成メンバーは固定であるならば、是非会合ごとのパネラーとして我々を呼んではもらえないだろうか? 別にここに居る人間でなくても良い。日本の、海外の交通事情を実体験してよく知る人が居ないなんて不自然は、是非回避してもらいたいと切に思う。
もちろん、そうなるためには我々ももっと強く声を上げていかなければいけない。自戒を込めたりもしつつ、今回はこんなことを書いてみた。

北京のモビリティ〜その1〜

長沼要

中国に行ってきました。
ので、「ドライバーと道路」という堅苦しいテーマは一時お休みします。

さて、「クラクションを常にならしている!」、「マナーが悪い!」、「いろんなクルマが走っている」、「自転車が多い!」、「レースをしているよう」、・・・等々、行く前の中国道路事情に対する事前情報はこんな感じ。

そして、私の初中国、初北京。まさに「そのとおり!」でした。
空港からのタクシーで走る高速道路では、ウィンカーよりもクラクションを多用し車線変更しまくり、左右前後クルマが入り乱れる。かなりくたびれたシトロエンや現代の小型車のマニュアルシフトを駆使して操るドライバーはみな結構真剣、運転に集中している。
繁華街の交差点においても、信号は意味をなさず、歩行者、自動車、自転車、3輪車が入り乱れる。危なっかしくてしかたがない。交通事故が深刻化しているというのもうなずける。

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しかし、しばらくこの状況にいると見えてくる事がある。
左右前後にクルマが入り乱れる状況においても、「あうんの呼吸」ともいえる絶妙な交錯。「引き際」と「押し」が的確で、ぶつかる事態にまで至らない。クルマと歩行者の関係においても絶妙な「駆け引き」。一切の無駄がない。
マナー、規制はもちろん大事でモビリティを安全そして円滑にするものだが、その規制やマナーが本来目指す、本質的な意味が見えてくる、気がした。

それは、ドライバーも歩行者も、自転車の人も、みーんな、相手を意識して行動、操作している点。これに尽きると思う。中国ほどではないけれども、フランスやイタリアでの同じような事を感じる事が出来る。一見無秩序で身勝手な行動をとっているように見えて、何らかの法則?感覚?で全体が動いている感じ。

日本での交差点をみると、多くの歩行者はひらすら携帯とにらめっこ、クルマの動きなど見ていない人が多い。歩行者優先という決まりに異論はないのだが、歩行者は他のモビリティを意識しなくてよい、ということではないだろう。

先の文章で形容した「あうんの呼吸」という言葉は紛れも無い日本語である。日本の文化にも、決め事、約束事ではない、まさに微妙な関係が存在しているはずだと思う。それがモビリティへもっともっと波及すると、さらに居心地のよいモビリティになると思うのだが。どうだろう。

渋谷に新スポット!:街と交通の歴史を考えた

スーザン史子

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先日、渋谷に行った際、ハチ公口にこんなものが設置されていました。レトロなこの車両は、超軽量電車500型としてお目見えした記念すべき第1号車だそうで、昭和29年10月15日~昭和45年3月29日まで東横線で使われていたものなんだとか。

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中にはいってみると、このように昔の渋谷駅周辺のたくさんの写真が展示されていました。渋谷といえば、ワタシも小さいころからプラネタリウムを見に行ったり、デパートに行ったりとなじみのある街。今も都内へ出るにはかならず渋谷を使うほど、なじみのある街です。
 とにかく渋谷は、いついっても人で埋め尽くされているといった印象で、人が多い街。学生のころ、地方から出てきた友人が、「ここでは年中お祭りやってんの?」と聞いてきたぐらいで(笑)、三十路過ぎたいまじゃ、歩くだけでもクタクタって感じになっちゃってますけど、昔は、ほんとになんにもなかったんですね。明治の頃に、渋谷⇔恵比寿間にSLが走っていたなんて、想像もできないでしょ?
 ちょっと前に、近所のおばあちゃんと話したことを思い出しました。
「ワタシがお嫁にきた当時は、旧246をずっと歩いてきたの。道路は舗装もされてない砂利道で、この辺は竹林と沼だったんですよ」
 おそらく昭和20年半ば~30年ぐらいのことでしょう。電車の駅も渋谷から途中の溝の口駅あたりまでしかなくて、それから先は徒歩でしかいけなかったんですね。徒歩が当たり前だった時代から、クルマや電車という乗り物ができて、ずいぶんラクになったんだなあ。
 ワタシなんか、ちょっと坂が多いだけで、ブーブーいっとりますが、そんなんじゃダメなんですね~。しかも、ちょっとの荷物でもコインロッカー使うんですから。ヤワですねえ~。ほんと、乗り物がなかったら生きていけませんよ。
 ほんと、電車さまさま、クルマさまさま。乗り物に最敬礼ですっ! 渋谷に行った際には、ちょっとこのレトロな電車の中をのぞいてみると面白いですよ。

クルーズコントロールその2

清水和夫

アダプティブ・クルーズ・コントロールを沢山のクルマでテストした結果を報告しよう。まず、海外のテストからだ。最新のクルーズコントロールを搭載するメルセデスCL500/600にはディストロニック・プラス(DistronicPlus)という新しい技術が織り込まれる。ミリ波レーダーによる「プリ・セーフティ」がコア技術だが、自動ブレーキで快適に先行車に追従できる。車間が縮まると自動的にブレーキで安全な距離をキープしてくれる。ところが海外ではこのクルーズコントロールの設定速度は200Km/hと高い。メルセデスS65AMGでは、なんと250Km/hまで設定可能だ。いずれにしても超高速クルーズをコンピューターに任せるとどうなるのかテストしてみた。

140Km/hに設定すると、ドイツのアウトバーンでは手頃なスピードで移動できる。もちろん追い越し車線は走らない。真ん中の車線をクルーズすると快適だ。燃費も良く、安全性も高い。車間距離をミリ波レーダーが監視しているからだ。実際に流れるスピードの10%増しで速度を設定するといいだろう。

次ぎに160Km/hに設定。道が広く道路が空いていると快適に移動できるが、いつでもブレーキを踏めるように右足はブレーキペダルの上で置く。恐怖心が芽生え始める。前車との距離が急激に詰まると、ブレーキがかかるが、この時重要なことは、ピッチングが少なくボディがフラットであること。この速度でノーズダイブすると怖いからだ。メルセデスCL500/600には進化したアクティブ・サスペンションABCが採用されているから、ボディはどこまでもフラットであった。

180Km/hのクルーズコントロールはほとんど怖い。この速度をコンピューターに任せるほど、私はコンピューターを信用していない。S65AMGの250Km/hのクルーズ・コントロールは無謀だと思った。こうして超高速のACCをテストしてみて分かったことは、ドライバーは自分でスロットルを踏み込んでスピードアップするとき、本能とも思える身を守る能力が芽生える。みずから危険に対する緊張感(テンション)を高めているのである。ちょうどレースをスタートする瞬間にアドレナリンが湧き出るのと同じかもしれない。コンピューターにスロットルを任せるとこの緊張感が高まらないのだ。

日本ではACCの設定速度の限界は110Km/h(メーター誤差を考慮し、トヨタは115Km/h、日産は110Km/h、スバルは114Km/hである)。しかし、この速度では実際の高速道路の流れに乗れない。結果的に不便で使えないわけだ。使われない技術は普及しない。普及しない技術は安くならない、という負のスパイラルに陥る。

110Km/hに抑圧すると、ACCを使わないから、無謀な速度で走るドライバーが後を絶たない。もし、設定速度が140Km/hくらいまでなら、多くのドライバーは状況に合わせて、実際に交通の流れに合わせてACCを使うだろう。結果的に無謀なスピードで走るドライバーが減少し、高速道路の秩序が高まるはずだ。

From EUROPE~ランナバウト

佐藤久実

 ヨーロッパの郊外を走っていると、滅多に信号にお目にかかることはありません。交差点はほとんどがランナバウトと呼ばれるロータリーになっているからです。右側通行なので、ロータリーは反時計回り。ロータリーから放射状に道路が延びていて、たとえば直進するときにはロータリーを半周するように突っ切れば良いし、左折の際にはロータリーをグルーッと3/4周するといった具合です。進入する際には一時停止のルールはなし。左のクルマが優先で、徐行で確認して左からクルマが来ていなければそのまま進入可能です。交差する道路の交通量のバランスも関係あり、そしてある交通量以上になると機能しなくなると言われていますが、郊外の道路ではきわめて合理的だと思えます。無駄に長い時間信号待ちする必要がないからエコドライブにもなるし。
また、ヨーロッパの人たちは絶妙なタイミングでロータリーに進入していきます。慣れないと、左から来るクルマとどれくらいの距離感で、あるいはどのタイミングでロータリーに入って良いのかわからずオロオロしちゃいます。
 こんな交通環境だから、ヨーロッパではマニュアルトランスミッション比率が高く、機動性の高いクルマが多いというのも納得できますね。
 ところで先日、日本に住むイギリスの友人と食事をしているとき、「ランナバウトをどう思う?どうして日本にはないの?」と聞かれました。「とっても合理的だと思うけれど、日本では難しいと思う。信号が青に変わってからの走り出しの遅さとか、休日の首都高の合流で交互通行ができていない現状などマナーやモラルの低さを見ると、残念ながらランナバウトにしたら余計に渋滞し、下手したら事故が増えちゃうかもしれない。」実は以前、北海道の旭川に大きなロータリーがあったのですが、気がつくといつの間にか信号がついていました。やっぱりうまくいかなかったのかなー。
 ランナバウだと、交差点で否応なしにスピードダウンせざるを得ないから、速度オーバーの暴走運転抑止の効果もありそう。難しいと思いつつ、交通量の少ない郊外で試してみる価値あるんじゃないでしょうか。

ひき逃げを推奨する道路交通法

岩貞るみこ

飲酒運転とひき逃げ報道。夏に福岡市職員が起こした橋からの転落死亡事故以来、とくに各種報道で目につくようになった感があります。テレビも新聞も雑誌も、それぞれひき逃げで亡くなったご遺族を詳細に取材し、悲しみの表情を伝えています。なにもそんなつらい時期に、マイクを向けなくても。見ている側はそう思うこともあるかもしれませんが、報道とは、遺族や関係者の深い悲しみや怒りを伝え、もう二度とこうした事故が起こらないよう呼びかける義務もあるのです。航空機事故や列車事故、大震災などで報道陣が一斉に現場に駆けつけて声をとるのは、そういう理由です。

二度とこうした事故が起こらないように。

本来、そうあるべきの報道ですが、こと飲酒がらみのひき逃げ事故については、ちょっと違和感を覚えます。ご遺族の怒りは当然、飲酒していながらクルマを運転して事故を起こし、さらに被害者をおきざりにして逃げたドライバーに向けられるのですが、と同時に「逃げ得」を助長する法制度にも向けられています。

現在、飲酒による悪質な交通事故加害者に対しては「危険運転致死傷罪」が適用され、最高刑は懲役20年です。ところが飲酒を逃れ、普通の交通事故扱いとなれば「業務上過失致死傷罪」と「道路交通法違反(不救護・不申告違反)」の併合罪であっても最高で懲役もしくは禁錮7年6ヶ月。どう考えたって「逃げ得」ですよね。この結果、とりあえず被害者を置き去りにして逃げて、お酒が抜けたら出頭するという悪質ドライバーが増えているわけです。

危険運転致死傷罪が設定されたことで、こうした矛盾が起こりました。誰だって思うでしょう。なぜ、これに合わせて関係する法律まで見直さなかったのか。なぜ、こんな矛盾した法律をそのままにするのか。なぜ、いまだに改正されないのか。この瞬間にも、酩酊状態のドライバーにぶつけられ、救えるはずの命が消えようとしているのが、なぜわからないのか。こうしたいくつもの「なぜ」が、報道を通じて被害者から発せられます。

ところが今の法律の段階でこうした報道を見た人は、そうか、飲酒よりひき逃げの方が罪は軽いのか、と、改めて知るでしょうね。毎回、伝えられる飲酒運転&ひき逃げ報道はその堂々たる抜け道を広めているような気がしてならないのです。

いまの時点で道路交通法がどこまで変えられようとしているのかわかりませんが、少なくとも、こうした矛盾した法律を作ったこと事態、私は「罪」だと思っています。そしてこの事態を変えようとしないことも「罪」でしょう。道路交通法を作っている人たち、自分たちのしたこと、していること、わかっているんでしょうかね?

コロッケで考えたこと2

スーザン史子

 今、実用に向けて研究がなされている、バイオディーゼル車の燃料も、菜種油などの食用油からつくったもの。排出される二酸化炭素は、もともと生物が成長する過程で大気から取り込んだものなので、温室効果ガスの排出削減につながるってことで、将来的に期待されている燃料なんですよね。
そもそも、いったい1Lのなたね油をつくるのに、いったいどれだけのなたねが必要なんでしょうかね? ふだんごまをすったりしているときに出る油だって、あるかないかぐらいの少量だし、想像もつきませんよ。とにかく、うちのベランダでジャガイモを作ったときは、ひとつのたね芋から、4個ぐらいピンポン玉くらいの大きさのジャガイモしか収穫できなかったので、本当に、農業って大変なんだなあと思ったぐらいで。
 それに、日本の食糧自給率なんて、北朝鮮とほぼ変わらないぐらいっていうから恐ろしいですよね。お金があるか、そうじゃないかの違いだけで、飽食の国か、飢えに苦しむ国かにわかれてしまうんですよ。そんな先進国ってないですよ。そんな状態なのに、今後、石油燃料の枯渇を見越して、食用油でクルマを走らせるっていってもね~、現実味がないっつーか。結局は海外に頼らなくちゃならなかったら、ガソリンでも食用油でも、燃料を買うって意味ではたいした違いはないってわけです。
 でも、世の中には、すごいことを考える人もいて、たとえば、人材派遣会社のパソナって会社じゃ、南部さんっていうカリスマ社長の思いつきで、本社ビルの中で農業をやってるんです。就農支援プロジェクトの一環で、人工的に2種類の光を使って太陽光を作り、風、水の環境などを整えて、イネをはじめ、トマトなどの野菜も作っているんですよ。社員によると、かかった費用は、莫大みたいですけどね・・・。採れた野菜? それは本社にある社員食堂だったり、イベントで出されたりしているらしいですよ。いいですね~、採りたて野菜が食べられるなんて。 
で、脱線してしまいまいしたが、パソナには、土と触れ合うことで、農業への興味を持ってもらいたいっていう狙いがあるようですね。とりあえずビルの中で農業ができると実証できたわけですから、将来的にこのシステムが普及して、もっと安くできるようになれば、不可能ではないですよね。試みとしてはすごく面白い。
 とはいえ、そんなに急に農業就労者が増えるとも思えないし、自分の立場で考えても、まずムリなわけです。やっぱりこういうのって国家的なプロジェクトで、農業を普及させて、まずは、食料自給率をあげて、その上で、クルマの燃料として、菜種をわんさか生産するとかしないとムリかなあ~なんて。ま、よく考えたら、国内生産すると、それだけでお金がかかりそうなんで・・・・やっぱムリなんですかね~。いったいどうしたらいーんだろ? 国内でまかなうエネルギーって・・・。

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