ITS 11 ブログ

歩行者非優先

河口まなぶ

海外から帰ってきていつも感じるのは、日本の道路では歩行者優先という感覚が欠如していることだ。
 例えば交差点で左折するとき、横断歩道に歩行者がいても、それが自車のそばでなかったら多くのクルマは通過する。また信号機のない横断歩道で歩行者がクルマの流れが切れるのを待っていても、多くのクルマは止まらずに通過するし、逆に歩行者がいるからといって停止すると、後ろからクラクションを鳴らされることもある。
 TVドラマでは、道路をフラフラと横断する歩行者に対してクルマが突っ込んできて急ブレーキ後、「どこ見て歩ってんだ!」的セリフが必ずあるくらい。ホントどうでもいいことですが、歩行者非優先の感覚がそこには浸透しているように思える。
 いや歩行者非優先というよりも、自動車およびそのドライバーが歩行者よりもエラい…という感覚を持っているのでないかと思える。
 つまり日本の道路におけるヒエラルキーは、
自動車>バイク>自転車>歩行者のような感じになっているように思えるのだ。
 もっともこうした感覚は、スグに改まるものではないだろうと考えると、最近トヨタがこれから実証実験を行うと発表した「インフラ協調安全運転支援システム」は注目だ。
 これは光ビーコンや車両感知器を活用して道路状況などを把握し、運転手が信号無視など交通規則に違反したり、判断を誤った操作をして事故発生の危険性が高まると、光ビーコンなどが専用車載器と通信し、車両を自動制御して減速させるという。
 歩行者に対する意識をすぐには変えられないならクルマとインフラの側で対策もできる。
 今回の話とは直接的には関係ないが、こうしたシステムを使えばもっと、歩行者優先が実現されるように思う。例えば横断歩道に歩行者がいる時には、このシステムを使って自動車は進むことができない…という風に。
 もちろんそれ以前にドライバーの側で意識さえすれば、歩行者優先は守られるわけだが…。

日本人に必要な高速道路とは?#1:高速道路は日本に似合わない?!

西川淳

大陸間交通を必要としない、孤立した島国において、本来の目的に添った高速道路が似合わない可能性の高いことを如実に示す、データ比較を計算してみた。いずれも、日本を1としたときに、自動車先進国がどういう割合になるかを表したものだ。

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比率Aは、高速道路総延長距離を国土面積で割った数字を元に計算したもの。Bは、同じく高速道路総延長距離を国民総生産で割った数字が元になっている。
(ただし、各数値の測定年月には若干のズレがあるので、あくまでも参考値としていただきたい)

国土が日本の25倍以上あるにも関わらず、人口は2.3倍(よってGNPも相応)、保有台数は3倍、高速道路総延長距離は12倍というアメリカ合衆国との比較はあまり参考にならないが、ヨーロッパ諸国は日本と国土面積も近い(英国0.66~日本1~フランス1.46)。人口、およびGNP、そして保有台数は日本の半分以下である場合が多いが、それゆえこれらの国々と比較した上のデータが興味をひくと思う。

国の大きさに比べて、高速道路の総延長距離が突出して長いと言えるのが、ドイツだ。イタリア、フランスは日本とほぼ同じ割合である。逆にイギリスは70%の高速道路率だ。

高速道路網が、経済の要諦であることは明白であろう。自動車移動によってもたらされるあらゆる経済活動を思い浮かべれば、納得できるはず。その総体とも言うべきGNPを基準に高速道路の長さを比較してみると、同じ島国の日本とイギリスがよく似たもの(それでもイギリスの方が日本より長いと言えるのだが・・・)であるのに対し、その他の国は軒並み3倍以上の長さである。

考えてみれば当たり前のことではあるが、こうして数字で見てみると、いかに大陸の高速道路が”役立っている”かが判る。走りやすいのも当然か・・・。

もちろん、これは単なる数字遊びでしかない。それ自体に何かを解決する能力はない。以前にも書いたように、そもそも国土の成り立ち、自然環境の問題も大きい。しかし、経済と密接な関係があるはずの高速道路が、いったいどれだけ必要かという1つの目安にはなる。

レースの黄旗を高速道路にも!

岩貞るみこ

相変わらず多いですね、高速道路での二次事故。パンクしたりぶつかったりして止まっているクルマに、後ろから走ってきたクルマが突っ込むというケースです。

いかに前方の停止車両や障害物に気づかせるか。これは大きな課題です。数年前にダイムラー・クライスラーが開発したシステムは、対向車を使って電波で情報を伝えるもの。実験を筑波にある国土技術政策総合研究所のテストコースで見せていただいたことがありますが、事故車両の脇を走った対向車が、ずーっと走っていって、事故車両に接近中のクルマに情報をトスして、うんぬんかんぬん……。見たときの印象は「すごーい!」と同時に「全車両に標準装備するまでに何年かかるんだろう」ということでした。

そこで思ったのが「もっとアナログなシステムでできないのか」ということ。例えばレースが行われるサーキットでは、各所に黄旗を持った人がいて、前方で事故や故障車が発生して危険な場合、旗を振って後続車にペースダウンと注意を喚起していますよね。高速道路会社の社員に、道路わきに旗を持って立て、とは言いませんけれど(言うわけないじゃないですかー)、そんなシステム、作れませんかね? 例えば旗ではなく黄色のフラッシュライトかなにかで。

事故が発生したときは、側面にぶつかるケースが多いことから、ぶつかる衝撃を受けて手前数百メートルでフラッシュライトが点滅! どうでしょ。迫りくるドライバーに前方にある危険を知らせるのに有効だと思いませんか? もしくはパンクや故障などスローダウンして路肩、もしくは道路上にクルマを停止しなくちゃならないケースは、ドライバーが無事なわけですから、側面に設置してあるスイッチを押すことによって、フラッシュライトが点滅! どうでしょう?

ドライバーに押させるのは危険と言うかもしれませんが、小さな三角表示板を立てに行く方がよっぽど危険で効果も薄いと思うんですけれど。ぶつかった角度によってはフラッシュライトが作動しないケースも出るかもしれませんが、その品質や感度については専門家の指示を仰ぐことにして。なにより「うわー、危ない! 後ろから走ってくるクルマにここにクルマが止まっちゃっていることを伝えなきゃ!」という思いをかなえてあげることが大切だと思うわけです。

ITS技術の開発もいいんですけれど。技術者の自己満足より実態にあったアナログ手法も検討してみてくださいませ。

秋の集中工事でACCが大活躍?

西村直人

 先日、ACC(アダプティブ・クルーズコントロール)に触れましたが、いったいどんな場所で活用できるのか? 現時点での安全で実用的な使い方の事例をご紹介したいと思います。
 すでに“恒例行事”となりつつある東名高速道路と中央自動車道の“秋の集中工事”。車線を大幅に規制する工事ということもあり、激しい渋滞を招いているのが現状です。
 ただ、24時間クルマの往来が続く高速道路の路面を常に快適な状態に保っていくには、こうした補修作業を伴うメンテナンスが肝心です。道は続いているわけですから、一区間ごとに工事をしていくよりも、集中して工事を行う今のやり方に個人的には賛成です。
 とはいえ、年柄年中、高速道路を利用している私たちにとって、やはり渋滞は避けたいもの。東名高速道路と中央自動車道は時期をずらして行われているので、それぞれ迂回をすればいいのですが、目的地から大幅に遠いI.Cにおろされてしまう場合は、やむなく渋滞につっこむわけです。
 さて本題のACC。渋滞路での有効性を探るべく、この東名高速道路における集中工事を舞台にテストしてみました。事故やお盆などの交通集中による超ノロノロ渋滞とは違い、集中工事の渋滞には比較的“動き”があり、時間と場所にもよりますが車速にして40~60km/h程度で流れています。また周囲のクルマにしても大多数はハナから渋滞を覚悟して臨んでいるわけで、その結果、渋滞なのにどこかピリピリした空気が薄いというリラックスした雰囲気が誕生しているのです。しかもこの傾向、私には年を重ねるごとに強まっているようにも感じられます。
 一方、前車との安全な車間距離を保ちながら走ることのできるACCですが、時として「車間距離が長い」と周囲のクルマからは捉えられてしまうらしく、渋滞のない状況での利用では目の前に割り込まれてしまうという経験も少なくありませんでした。
 それが集中工事期間は先の理由も重なって、車間距離を保ちやすい走行環境が生まれていました。割り込みどころか、周囲のクルマの多くが車間距離を多めにとっているのも印象的です。こうした状況下ではACCのシステムが効果的に、かつ安全に機能します。センサーで検知するのは前車だけですが、その前車、そのまた前車の動きがそれぞれ一定で、なおかつ安定している状況においてACCは安定した機能を発揮してくれるからです。
 さらに集中工事の渋滞を通して、もうひとつ発見がありました。それは、渋滞を覚悟した運転、つまり流れに任せた優しい運転がここでは当たり前に行われていることです。これには道路インフラによる正確なインフォメーションの効果が大きいと言えますが、逆説的に考えると、イライラによる事故を減少させるためのひとつの手段がここにもある、そう言い換えることもできるのではないでしょうか

最新のプリクラッシュ・セーフティについて その1

清水和夫

 メルセデスもレクサスも高級車の威厳をかけて競争している技術がある。それは予防安全の鍵といわれるプリクラッシュセーフだ。日本では「プリクラッシュ・セーフティ」、メルセデスは「プレセーフ」と呼んでいるが基本的には同じだ。
 衝突安全と予防安全ブリッヂテクノロジーとして期待される。そのコア技術は前方の障害物を認識する技術だ。実用化されているものとしては、ミリ波レーダー、小型カメラあるいは光学式レーザーや赤外線などが人間の目の代わりをしている。
 こうした技術は軍事に関係しているものが多く自動車メーカーも取り扱いには注意している。例えばホンダ・レジェンドが採用した歩行者検知の赤外線は、そのまま戦争の道具に使われる可能性があるかもしれない。そこで、ホンダは苦労してコンピューターの自爆モードを採用し た。つまりレジェンドから赤外線システムだけを取り外すとコンピューターが自爆するように仕組まれているのだ。これで北朝鮮やイラクで使われることがない。Hマークがついたテポドンが日本に飛んできたら洒落にもならないだろう。
 こうした様々なセンサーでクルマの周囲を監視することができると、事故を積極的に回避することが可能だ。ちょうど航空機に装備されているニアミス警報装置、あるいはニアミス回避装置と同じと考えていいだろう。
 トヨタはプリクラッシュ・セーフティをすでに実用化しているが、今回新しく登場したLS460にはとてもユニークな技術を採用した。それは世界初の後方対応のプリクラッシュ・セーフティシステムだ。リアバンパー内に設置されたミリ波レーダーにより後方車両の接近を検知すると、ハザードランプを点滅させ後方車両に注意を促す。その直後には、フロントシートのヘッドレストに内蔵されたセンサーにより頭部の位置を検知し、「プリクラッシュ・インテリジェント・ヘッドレスト」を最適な位置まで動かし、むち打ちの被害低減を図る仕組みだ。
 もう一つの技術は歩行者検知。人間を正確に判定することが難しいこの技術を世界にさきがけて実用化したのだ。その仕組みは77GHzのミリ波レーダーとステレオカメラにより立体物を認識し、近赤外線で人間かお地蔵さんかを判定する。だが、うずくまったお婆さんと狸は見分けることができるの?と意地悪な質問をすると、トヨタのエンジニアは「難しいですが、とりあえず人間と認定します」とのこと。

パリにおける割り込みとクラクションの価値観

河口まなぶ

 ショーで訪れたパリで印象的だったのは、もう滅茶苦茶なほどに混雑した市内の道路だった。特に凱旋門の巨大なラウンド・アバウトは相当に無秩序。僕らの乗ったタクシーの横っ腹で急ブレーキをかけて止まる車がいたり(絶対にぶつかったと思えたほど)、強引な割り込みもしょっちゅう行われる。さらにクラクションはそこかしこで鳴りまくり…といった具合。ただ不思議なのは、それほど無秩序にもかかわらず、クルマを降りて喧嘩というような状況にはなっていないことだ。
 日本の場合、強引な割り込みやクラクションを鳴らすといざこざが起こる。その後煽られたり、中には車から降りてきて…といった具合。しかしパリではそうした光景には出くわさなかった。
 おそらく彼らにとっては、強引な割り込みも当然のことなのだろう。目の前に空いている場所があるからクルマを進める…そんな感覚なのだろうと思う。またクラクションを鳴らすことは自己主張として当然のことなのかもしれない。
やはりこの辺りの感覚も日本とは圧倒的に異なる。日本人は礼儀正しいから(?)か、割り込みやクラクションに関しては敏感だ。基本的には合流時では1台間隔という秩序があるし、クラクションもよほどのことがない限り鳴らさないのが普通だろう。
 だからパリの街中を走ると、日本人としては非常に滅茶苦茶だと思える。が、一方で何故こんなに滅茶苦茶で大丈夫なのだろうか? という疑問も覚える。
 それでも実際に大丈夫なのは、割り込む方も割り込まれる方にも、クラクションを鳴らす方も鳴らされる方にも、個人主義ならではの交通に対する感覚(我々にとって未知の)が備わっているのだろう。対して日本の交通に対する感覚は全体主義的という違いがあることは確かだ。
 ま、この話はオチがあるわけではないのだが、そうした感覚や特性といったものを織り込んで考えないことには、地域にあったITS構築というものもできない気がする。
 パリからの帰り、空港の搭乗口で待っていると、搭乗のアナウンスが流れた。するとみんなが一斉に搭乗口へ集まるわけだが、やはりここでも列を作るというより、四方八方から空いてるところも目がけて人が集中してきた。僕はおもわず凱旋門のラウンド・アバウトを思い出し、ニヤリとしたのだった。

ショッキングなタイア

長沼要

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先日、ふと信号待ちで並んだクルマのタイアがショッキングだったので、思わず写真を撮った。携帯のカメラで設定も変えずに撮ったので、粗くて、分かりにくいかもしれないが、トレッドの一部分が大きくちぎれているのがわかるだろうか。これはトレーラーのタイアであるが、一目見て危険だとわかる。

あるタイアメーカーのキャッチコピーで、「タイアは命を乗せている」とあるが、それだけではなく、周りへの凶器になる可能性さえある。この写真のようなタイアが走行中にバーストすれば、当該車両は操縦不能になり、周りを巻き込む事故になるだろうし、飛び散ったタイアの破片が他車を直撃し、またまた事故を引き起こすだろう。

いずれにしても近寄りたくなく、この車両からかなりの距離を保って走行したのは言うまでもないが、周りのクルマは気付いていないかもしれなく不安になる。しかしこれはたまたま気付いた氷山の一角であって、「知らぬが仏」なだけ、つまり道路には危険な車両が満ち溢れている可能性は大いにある。前回はドライバーの乗員に対する責任云々について書いたが、自分の運転するクルマの整備状態に気を配るのもドライバーの大事な仕事だと思っている。

「人の振り見てわが振り直せ」というわけで、あらためて自分のクルマを確認してみた。幸い、特に問題はなかったのだが、洗車をして、車内を整理し、燃料を入れ、空気圧を点検して再び乗り込むと、新鮮な感覚が湧いてきた。色も形も変わらないいつものクルマが何か新鮮に感じた。不思議と運転も丁寧になる。仕事が忙しく時間に追われる中、なかなか難しいかもしれないが、少し時間を作って、いつも乗っているクルマを確認してみてはいかがだろうか?ふと新鮮な感覚になれるかもしれません。特にクルマを買い換える事を検討していて、気持ちが遠ざかっていた人ほど、愛着が戻ることもあるかも知れません。

案外、安全なモビリティへの近道というのは、こんなところにあるのかもしれないと思わされたのであった。

西川淳

西川淳

一番好きな高速道路はどこか、と問われれば、フランスのオートルートだと答える。今回、パリショーを取材するために訪れたのを機に、改めて、その理由を考えながら走ってみることにした。

単純すぎて話にもならない理由が、1つだけ見つかった。おしなべて自然に逆らわない、自然と融合した、開放感の溢れる道路設計になっている、ということだ。

肥沃で平坦な土地が多く、都市国家の名残を残す農業大国であるフランスだからこそ、の設計ではあろう。北海道と似てなくもない。それを基準に考えること自体、そもそも間違っているのかも知れない。しかし、オートルートを走るとき、私の心がなぜか平穏で、景色に見蕩れることもなく、安定した安全なスピードで、リラックスしながらドライブすることができる、という事実は、重要だと思う。

もちろん、平均速度も著しく異なるかの国の高速道路における事故事情が、どんなものであるか、日本より劣るのか劣っていないのか、については、統計的に評価する必要がある(次回にて)。それでもなお、最初に主張しておきたいのは、人は環境に左右されやすいということだ。

フランスのような土地柄にこそ高速道路は似合っている。その逆は何かと言うと、そう、日本には似合わない、である。これは、走るのに適した美しい道とはどういうものか、という私の推察に深く関係している。今後の研究課題ではあるが、ドライバーにとって心穏やかに気持ちよく、だからこそ結果的に安全かつ快適に走れる高速道路の推定条件を、3つ挙げておきたい。

その1:自然を利用した建造になっていること
その2:視界の開けた土地を走っていること
その3:ゆるやかな起伏やカーブが適度に連なること

その1は、むやみにコンクリートなどの人工物を増やすことなく、あくまでも自然環境を利用し、融合するような道であることだ。その2は、回りの景色が美しくなくてもいい、ただ開放感ある場所を選んで作りたいということ。その3は、その存在自体が、スピードを自然に抑制できるということ、である。

フランスや北海道のような環境ならばともかく、その他の地でこれらをすべて満たすことは、非常に困難だ。特に、日本のように平野部が極端に少ない土地では、まず不可能である。イタリアなども、一部、相当に無理な高速道路設計(例えばボローニャとフィレンツェを結ぶA1)があり、実際、そこを走って事故現場を目撃しないことが稀だ。

ただ、不可能ではあるけれど、作った方が便利であるという経済性と政治性、社会資本性のみを重視して作られてきたのが、日本の高速道路である。そこに、机上の安全性(それとて十分とはいえないが)以上のものを求めることなど、クルマ文化を輸入したわれわれ日本人に求めること自体、難しい。

それ以上に決定的なのが、日本は島国であるという事実だ。幹線をコンチネンタルに網羅するという莫大なメリットが日本には望めない。もちろん、日本全国の都市を、排他的な道路網で結ぶことができるというなら、話は別だが・・・。ただし、その場合、移動手段はクルマじゃなくてもいいのかも知れない。

日本には高速道路は似合わない。今さら必要か不必要かという議論よりも、まず、似合わなかったんじゃないか、と私は思っている。クルマによる、自主的な移動の必然性、対社会適合性が大いに揺らぎつつある今、それはいちクルマ好きとしてとうてい受け入れ難いことだが、確信に近づきつつある。

ノー・トラックデーは実現できる?

岩貞るみこ

少し前にヨーロッパにならって日曜日の高速道路をノー・トラックデーにしたら? 
と書きました。だって、トラックのいない日曜日の、ヨーロッパの高速道路は本当に快適なんですよ、一所懸命働くトラック・ドライバーのみなさんには申し訳ないんですけれど。高速道路でよく起こる渋滞末尾への大型トラック追突事故も、トラックの走らない日を設ければ全部なくなるわけですし。速度や質量の違う大きなトラックが視界にいないだけで、とてものびやかな日曜日の高速道路になるわけです。

でも、日本でできるかというと、答は「むう」ですね。なんだよ、むうって。うなり声ですよ。ついでに難しいの「むう」でもありますよ。

キリスト教の国にしてみれば、週のうち一日は「神につくす日」で(たぶん。うろ覚えですみません。キリスト教徒ではないもので)、仕事をしてはいけないのです。だからヨーロッパの街は日曜日はお店が開いていないわけで。ゆえに「日曜日はトラックは走っちゃダメよ」と言っても、特にワーカホリックなドライバーが暴れだすことはないんでしょう。それに比べて日本は……むう。

もうひとつ。じゃ、ヨーロッパのトラックは日曜日に高速道路を走らないわけですが、なかには荷物の届ける時間の関係なのでしょう、月曜日の午前0時と同時に高速道路に乗っかるべく、入り口で待っているトラックもいるわけです。熱心ですねー。
私はこの光景をイタリアで見かけましたがとてもイタリア人とは思えなかったですね。ただし。台数も少なく、田舎の入り口近くでエンジンを切ったトラックが(ヨーロッパはアイドリングストップが徹底されています。例えイタリアでも!)2、3台止まっている程度だからよかったものの、これが日本で、例えば東名高速道路の用賀ICで、そうしたらいったいどれだけの数のトラックが午前0時を待つことになるのでしょう?

むう。むうう。むうううう……。
結局、日本でのノートラック・デーは無理なんですね。はい。

コンピューターがフリーズしたらどうするのよ

清水和夫

 時速200キロのクルーズコントロールはとても怖い!というのは冗談だが、超高速の自動運転はこの世のモノとは思えないほどの恐怖を味わうかもしれない。秒速60m近い速度でコンピューターがスロットルを踏み続けるのだ。
 マヨルカ島で行われたメルセデスの試乗会に登場した新型CLには進化したクルーズコントロール=ディストロニック・プラスが搭載されていた。欧州ではすでに実用化されている技術だが、その最高設定速度はなんと時速200キロ!
 さすがにこの速度で自動運転する人はいないだろうとメルセデスは述べているがアウトバーンで150キロくらいで使うと便利らしい。実際、マヨルカ島の高速道路でためしてみたが160キロは怖くて、オシッコちびってしまいそうだ。快適に自動操縦に任せられる速度はせいぜい140キロくらいであった。CLに搭載された77/24GHzのミリ波レーダーで前車を追従し、急接近すると自動ブレーキがかかる。でも、
 もし、コンピューターにバグがあったら
 もし、コンピューターにウイルスが侵入していたら
 もし、コンピューターがフリーズしたら
 そんな「もし」を考えるだけでも凍り付く。
 77GHzは遠方、24GHzは近くを見る周波数だが、日本は24GHzの周波数を認めていない。電波望遠鏡と干渉するというのがその理由だ。だから、2000万円もするメルセデスSクラスはこのシステムが使えない。それでは国産メーカーはどのように対応しているのだろうか。トヨタは24GHzの代わりに小型カメラを使い、日産は遠方も近くもすべてレーザー(光学スキャン)を使っている。
 しかし、日本のクルーズコントロールの本質的な問題は設定速度の上限が時速110キロまでしか認められないのだ。トヨタがメーター読みで115Km/h、日産車が110Km/hが上限だ。これではトラックのリミッター90キロと変わらないではないか。ところが、輸入車には甘く160キロまで認可している。
 いずれにしてもブレーキ制御可能なクルーズコントロール(アダプティブ・クルーズコントロール)は事故予防に効果的だが、いまのままでは実用的ではない。クルーズコントロールの設定速度はドライバーに任せるべきだと思う。
 オレの経験ではスピード違反で捕まらない程度の緩やかな違法速度で使うと便利。かえってスピードの出し過ぎを抑制できるわけだ。国産車のもう一つの問題は追従のレスポンスが遅いこと。せっかちなオレには我慢できない。
 とにかく西村君が書いていたようにクルーズコントロールは「利便性と安全と環境」の三点セットで効果があるスーパースターだ。この技術をとにかく普及させたいのだ、そのためには実用性を高める必要があるだろう。最近は高級車だけではなく、カローラやムーブにも採用されるようになった。
 今の技術だと、110キロで自動操縦にセットし、追い越し車線をのんびりと走られたらみんなの迷惑となってしまうだろう。

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